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仏の女性、手術成功 顔面移植はアイデンティティーの消失? (産経新聞) - goo ニュース
そっとしておいてほしい=世界初顔面移植の仏女性が訴え (時事通信) - goo ニュース

 顔面移植は皮膚、血管、神経などをつなぐ高度の外科技術を要するだけに、「世界初の快挙」との声が医学界からあがる一方で、顔というアイデンティティーそのものの極めて特殊な部分の移植だけに懐疑的な意見も出ている。

 フランス火傷協会のビラン会長は、仏紙リベラシオンの質問に答えて、「顔面移植は自分のアイデンティティーの消失にほかならない。フランスでは現在、他人の、それも死者のアイデンティティーを受け入れる準備はまだできていない」と否定的だ。

 リヨンの精神科医のブルロ氏も「顔は美的な機能と同時にさまざまな機能を持つ。顔を失うことはすべてを失うも同然だ。もし移植で新しい顔を与えることができたら、他人の死者の顔を自分の新しい顔とする努力が必要だ。患者が精神的に弱いと不安定になることもあり得る」と述べ、懸念を指摘している。


 鷲田清一さんが飛びつきそうな話題だろう。顔面はアイデンティティそのものなのか、顔は自分のものなのか。

 一般的には顔は自分そのものと受け取られているようだ。しかし、身体論の世界になれば、それは他者であるという論が強い。人間は自分自身を自分の目で見ることはできない。他者によって見られる自分を意識し、イメージすることで自分を認識するという点で、身体は他者のものであるということである。そして、アイデンティティもまた、他者に自分を自分と認識してもらうことにより成り立つものだ。

 この点で、顔が変わることは、他者に自分を自分と認識してもらう最も有用な手段を失うことに他ならない。記憶や性格などの内面的部分を頼りにしなければならないということで、より確固とした内面を持ち続けなければならないプレッシャーは強いストレスとなるだろう。

 他者の視線を気にしなければ、内面は変わらない。しかし、自分自身の中に潜む他者との葛藤はその内面を脅かす。自己を客観視する自己が、鏡を見たときにどういう自分を見つけるのか。これは自分ではないと叫び、これは他者に自分と認識してもらえないと悲鳴を上げるだろう。彼女の生活はこの戦いだろう。

 他者に見られることにより保持する自分というのは、もちろん現代の価値観からのものなので、彼女はこの価値観から脱却することでストレスから解放されることになるのかもしれない。彼女は「この顔は私だ」と言っているらしい。克服していくのだろうか。



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